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§緑陰の柩:第3章§

精霊使い (1)

著:真柴 悠

 街道を進むこと三日。幸か不幸か、一度も魔物や妖魔に遭遇することはなかった。
 人間たちとは、相変わらず最低限の言葉のやり取りしかしていない。
 炊事や雑用を押し付けられる訳でもなく、彼らの意図の分からないまま、日数が過ぎていった。
 四日目の夕方には、大きな街にたどり着いた。
 初めて見る街の、あまりの大きさに、門をくぐった所で立ち止まってしまった。
「王都は初めてなの?」
「……うん」
 踏み固められた平らな地面が、どこまでも続いている。
 馬車や人が絶え間なく行き交う。
 子供の群れ、着飾った人、重装備の戦士たち。
「ぼやぼやしていると、馬車に()かれるぞ?」
 そんな事言ったって、どこが安全なのか分からないわ。
「待ってよディオン、あの店、新しい服が出てるわ!」
「後にしろよ。今は酒場に行くのが先だろう?」
「見るだけだから。すぐ終わるから。ねえ、いいでしょう?」
「リナータは、いつもそれですねえ」
「いいじゃない。冒険者たるもの、楽しみもなくちゃ。それに、もうすぐ報酬が入るんだし」
「先に酒場に行ってるからな。取り分がなくなっても知らないぞ」
「ひどいっ! 分かったわよ。後にするわよ」
 私を連れ出した人間たちは賑やかだった。別の事を考えていても、会話が頭に入ってくる。
 それでも、彼らの言葉も、人々がおりなす雑踏も、木や花が風にそよぐのと同じように、無意義に聞こえた。

 連れて行かれた先は、広い部屋に一定の間隔で丸テーブルが置かれた場所だった。
 三人は、私を適当な椅子に座らせて、壁際の細長いテーブルの向こうに陣取る中年の男と話し始めた。
 部屋の中では、彼らと同じように武装した人たちが、楽しそうに酒を酌み交わしている。ぼうっと眺めていると、三人が戻ってきた。
「お待たせ。行きましょうか」
 私を連れてきた人間たちが、再び私を促す。
「どこへ?」
「とりあえずは、シルファス神殿に世話になるといい。王都は広いから、やりたい事があるなら何でも出来るしな」
 シルファスですって? お父さんが、最も忌み嫌っていた神じゃない。
 私に、選択の余地なんてない。神殿に行けば、この人たちとも別れられるようだし、後のことは、それから考えても遅くはない。
 重い腰を上げ、彼らのあとに付いて行く。
 それほど広くない道をまっすぐ進むと、白い壁に囲まれた場所に着いた。
 そこから出てきた白いローブの人と、私を連れてきた人が言葉を交わす。
「じゃあ、俺たちとは、ここまでだ」
「元気でね」
 彼らが去っていくと、後ろにいた白いローブの人が、声をかけてきた。
「では、こちらへ」
 白い壁で仕切られた場所は、何かの施設のようだった。
 冊で囲った場所に家畜が繋がれていて、その隣には畑がある。中央の大きな建物に向かう廊下の左右は、緑の草を植え込んだ庭園になっていた。
 行き交う人々には、白いローブに混じって、子供を連れた母親や、お爺さんもいた。
 どこまでも続く白い壁。他の色の混入を許さぬ、秩序の色。
 庭園の中央の廊下を通って、大きな建物の入り口に辿り着いた。
「今から、お祈りの時間です。あなたは、これまでに礼拝を行ったことがありますか?」
 無言で首を振る。
「では、後ろの方でご覧なさい」
 言われるままに、白いローブの人から離れて、皆が注目する祭壇からなるべく遠い場所に移った。
 広い建物の中に人がたくさん集まっているのに、誰も言葉を発しない。
 白い長衣を着た神殿の人間が、一段高くなった祭壇に現れ、神に祈りを捧げ始める。
 それに続いて、集まっていた人たちも、一斉に祈り始めた。

 母さんの病気が治りますように。
 娘に良い婿が見つかりますように。
 戦争が早く終わりますように。

 頼みもしないのに、風の精霊が彼らの言葉を運んでくる。
 この世界の神が、そんな願いを叶えてくれるとでも思っているのかしら。
 “勇者”なんていうものを使わなければ壊れてしまう世界を創った神が。
 ありもしない神の慈悲に(すが)れば、人間は楽になれるのかしら。

 なんだか腹が立って、気がつくと、白い廊下を歩いていた。
 正面から歩いてきた神殿の人間が、怪訝そうに私を見る。
「どうかなさいましたか?」
「休める場所はある?」
 助祭と名乗った若い女性は、簡素なベッドが並べられた部屋に私を通した。
 一番手前のベッドに腰掛けて、薄暗い部屋に差し込む光の元をたどった。
 窓には、天秤を持った女神のステンドグラスが嵌め込まれている。
「……天秤の神様なのに、どうして自分の願望を祈るのかしら?」
「善行を積めば、奇跡を授かることがあるかもしれません」
「じゃあ、困っていない人は祈りに来ないの?」
「己の行いを質すために、ここに来て祈るのです。神は全てをご覧になっています。自分の都合だけで祈る者には応えてくれないでしょう」
 諭すように告げる助祭から、顔を背ける。
「私には、天秤なんて必要ないわ」
「邪悪なるものへの裁きもそこにあります。あなたに天秤が必要なくても、あなたが天秤にかけられる事もあるでしょう。偉大なるシルファスの教えが胸にあれば、全ての悪に打ち勝つことが出来るのです」
 私が裁かれる? 本末転倒もいいところだわ。
 悪しきものが裁かれるなら、どうしてこの世界には、いえ、人間には争いが絶えないの?
 なんの罪もない生き物が餌となり、種族が違うというだけで殺し合う。兄さんは、そんな世界を望んだ訳じゃないわ。

 頭にカッと血が昇る。自分でも何を仕出かすか分からなくなって、ベッドに横になった。
 助祭はシルファスの名をとなえて部屋から出ていった。
 久々の布団の感触は、いつの間にか私を眠りの底に突き落としていた。

 目が覚めたのは、夜だった。
 壁にほの暗い蝋燭が立てられ、ベッドの脇の小さなテーブルには、パンとスープが置かれていた。
 空腹だったことを思い出して、スープに手を伸ばす。
 冷たくなっていたけれど、まともな食事が随分と懐かしく感じられた。
 ステンドグラスの至高神は、蝋燭に照らされた足元しか伺うことが出来ない。
 女神の顔が見えないことに安堵して、そんな自分にも嫌気がさした。
 こんな場所には、いられない。私は、天秤の救いなんて、信じない。



 幸い、星が出ていた。思ったとおり警備も薄い。
 壁が白くて厄介だったけれど、難なく神殿の外に出ることが出来た。
 よく眠ったお陰で、身体も軽い。今のうちに動いておきたい。
 入ってきた門を探すのは不可能だろう。
 私を連れてきた人間たちは、街の中を通ってきた。反対側に行けば、出口があるかもしれない。
 まっすぐな道の脇を小走りに進むと、思ったとおり、壁と門が見えた。
 喜んだのも束の間、門は固く閉ざされている。
 どうしよう。早くこんな場所から立ち去りたいのに。
 門の側には兵士が一人立っている。それほど大きくない門だから、多分見張りは一人だわ。
 なるべく平然を装って、兵士に近付いた。
「女が夜更けに何の用だ?」
 驚いたようだったけれど、武器を構える様子はない。
 無言で手をかざすと、さすがに相手の表情が固くなる。
 近くの木から、緑の髪に樫の葉の冠をかぶった乙女が舞い降りてくる。視線で促すと、精霊は兵士のまわりをくるくると舞った。
 沈黙と共に、兵士の瞳から輝きが失せる。
 これでも昔は、こうやって妖魔の目を欺いて、よく外に遊びに行ったのよ。もちろん帰って来た後は叱られたけど、こんな所で役に立つなんて、思ってもみなかったわ。
 でも、人間は初めて。うまく騙せるかしら。
「お仕事、大変ね」
「これも任務さ。仕方がないよ」
「門の外にも、見張りはいるのかしら?」
「そりゃそうだ。外敵の侵入を防ぐのが、この門の役目だからな」
 そう。それは厄介ね。
 門をよく見ると、端に小さな扉が付いている。見張りはここから出入りするんだわ。
「会ってきてもいいかしら?」
「へえ、あいつに気があるのか?」
 言葉の意味をはかりかねて押し黙ると、それをどう取ったのか、兵士はにやにやと笑った。
「構わんぞ。ゆっくり話してこい」
「……ありがとう」
 よく分からないけれど、うまくいったようね。
 兵士が、扉を開けてくれる。
「見ないで欲しいんだけど」
「分かってるよ」
 有難いことに、私が出るとすぐに扉を閉めてくれた。
 素早く人の気配を伺う。
 こちら側の見張りは、少し離れた場所に立っていた。さっきと同じように、ゆっくりと近付く。
 中から出て来たんだから、怪しまない筈だわ。
「なんだ? こんな時間に……」
 すかさず片手を操って、見張りの肩に触れた。
「悪く思わないでね」
 どさりと音をたてて崩れ落ちるのを見届けて、周囲を見渡す。
 街道沿いに森が続いている。
 ひとまず隠れなければ。
 足は自然に森へと向かった。



÷÷ つづく ÷÷
©2003 Haruka Mashiba
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