≪REV / EXIT / FWD≫

§銀月の歌:第14話§

許されぬ生命

著:龍神裕義 イラスト:林田ジュン
▽ 冒険者たち、危機一髪の事 ▽ エルフの夢の事 ▽ 古き言い伝えの事

冒険者たち、危機一髪の事

【ティガー】 当たった。ダメージは17点。
【GM】 銀髪の青年は倒された。生命点が2点しか残ってないところに、1ゾロでダメージを全部くらったからなぁ。ひとたまりもない。
【ティガー】 やっぱ、向こうも死にかけやったんやな。あー、よかったぁ。
【GM】 ティガーにやられた青年は、まるで土でできた人形が壊れるように、モソモソと崩れてゆくよ。
【ティガー】 は?? 人間じゃないの?
【シルヴィア】 見たかった。
【メイユール】 わたしら、気絶してるから。
【GM】 ちなみに、サテラはこの光景を以前にいちど見てるよ。ティガーたちの仲間になる前、『天の鍵』の古文書を入手したときに。
【サテラ】 ……あっ。
【GM】 思い出したかな? そのときの人物も、紫がかった長い銀髪の青年で、魔術師やったやろ。
 今にして思えば、そのときの青年と、さっき倒した青年は、そっくりな容姿をしていたよ。容姿だけでなく、滅び方もね。
【サテラ】 そっか。そういえば、ボロボロ崩れてた……。
【GM】 崩れたのは肉体だけで、青年の持ち物は残されてるけどね。あのときも、そうして古文書を手に入れたでしょ?
【ティガー】 今、崩れた奴は、何を持ってた? 『天の鍵』は持ってない?
【GM】 こいつは、鍵を持ってなかった。見つけたのは、指輪がひとつ、変な牙みたいなのが2本、残り魔力が17点の魔晶石が1個。それに、彼が纏っていた若草色のローブが1着。
【シルヴィア】 全部、回収しといて。
【GM】 で、ティガーとサテラのふたりは、どうするのかな? 青年が倒れたので、その背後にある扉に行けるようになったよ。扉は閉まってる。
【ティガー】 エルゴン村に戻る。だって、[応急処置]ないもん。
【メイユール】 わたしが[応急処置]できるけど(笑)。
【シルヴィア】 しばらくしたら、自然回復とかしなかったっけ?
【GM】 それは意識があるとき。今のキミたちの状態だと、1時間ごとに[生死判定]が必要です。
【ティガー】 じゃあ、ふたりと敵のアイテムを馬に積んで、速攻で村に帰る。全力疾走。
【GM】 徒歩で6時間の距離も、馬の全力疾走なら、30分もかからない。だけど、30分も疾駆させ続けると馬が潰れるので、緩急つけて1時間かけての移動になるかな。
 シルヴィアとメイユールは、もう1回[生死判定]してみ。
【シルヴィア】【メイユール】 (ころっ)成功。
【GM】 なら、意識を失ったまま、ふたりはエルゴン村に担ぎ込まれた。
【ティガー】 誰かに[応急手当て]してもらう。
【GM】 じゃあ、村長が手当てしてあげよう。
【メイユール】 おお。すごいな、村長。
【GM】 だてに村長やってるんやないで。一般技能のヒーラーを持ってるから。
 じゃあ、シルヴィアとメイユールは、意識を取り戻した。
【シルヴィア】 ランディのもとに行くとこやった。
【メイユール】 〈ヒーリング〉で生命力を全快させるよ。
【ティガー】 事情を説明して、拾ってきた物をふたりに見せる。
【シルヴィア】 魔晶石はいいとして、指輪はどんなアイテムなんかな?
【GM】 それを知りたければ、セージ技能で鑑定しよう──サテラが見抜いたね。それは、魔法の発動体になる指輪です。
【シルヴィア】 やったー。剣が振れる。
【メイユール】 っていうか、もう自分の物にしてるんか、おまえは! サテラだって、ソーサラーやのに。
【ティガー】 ホンマや。遠慮せんと言うとき、サテラ(笑)。
【サテラ】 いや、別にいいッス。
【シルヴィア】 とりあえず、持ち物の欄に書いておかないと、また捨ててきたことになってしまうでしょ。
 GM、牙は?
【GM】 竜の牙、ドラゴン・トゥース。〈スケルトン・ウォリアー〉の材料やね。それが2本ある。
【シルヴィア】 もらっとこう。
【メイユール】 2本ともかッ!
【ティガー】 いいの、サテラ?
【サテラ】 私は、まだ〈スケルトン・ウォリアー〉が使えないから……。
【シルヴィア】 僕も使えないけどね。これは、使えるようになったほうが、持つことにしようか。とりあえず、僕のアイテム欄に書いとくよ。いるようになったら、言うて。
【ティガー】 ハデなローブは、何か特別な効果はないん?
【GM】 なら、セージ技能でチェックをどうぞ──サテラが見抜いた。
 プラス1の魔力が付加された、筋力3のクロースやね。基本的に若草色だけど、裾の部分が桜色。その境目は白で、グラデーションがかかりながら、色が変化していってる。
【メイユール】 追加効果「嫌われる」とか(笑)。
【ティガー】 着たくない〜(笑)。
【GM】 プラス1やで?
【サテラ】 でも……。
【メイユール】 サテラ、着とき。シルヴィアに取られんうちに。
【サテラ】 えーッ?!
【ティガー】 どこかで染め直してもらえばええねん。
【サテラ】 色を変えても、効果は変わりませんか?
【GM】 変わらないよ。
【サテラ】 じゃあ、黒に染めて着る。
【GM】 ここで色を変えるのはムリやから、オレンブルクに帰ってからやね。
【メイユール】 今はがまんして着とこ。
【ティガー】 上から別の服を着てれば大丈夫。マントとかで、隠すねん。
【シルヴィア】 魔晶石、いる?
【メイユール】 うん。
【シルヴィア】 じゃあ、12点のをあげるよ。
【メイユール】 ちょっと待ってよ。さっき見つけたんは、17点やろ? っていうか、どんだけ魔晶石を持ってるんよ。
【シルヴィア】 12点と16点と、さっきの17点の3つ。
【メイユール】 で、いちばん低いのをわたしに渡す、と。いちばん、低いのな。
【シルヴィア】 そう。なくなったら、またあげるよ。持たせてたら、無限に使ってしまいそうやし。
【メイユール】 いや、持ってることを忘れてると思う。
【GM】 じゃあ、いらんやん(笑)。
【メイユール】 だって、アイテム欄が寂しいやん。
【GM】 で、これからどうすんの?
【メイユール】 すぐ行きたい?
【シルヴィア】 ひと晩、休む。精神力を回復させんと、アカンやろ。
【ティガー】 じゃあ、今日は休んで、明日あの館にリベンジ。

 翌4月1日、冒険者たちは死闘を繰り広げたあの館の地下へ戻った。
 〈ロケーション〉で調べると、銀髪の青年の後ろにあった扉の向こうから、『天の鍵』の存在を強く感じる。
 冒険者たちは、魔法の鍵がかかった扉を開けて、中に入った。

【GM】 中はわりと広い部屋。空っぽになった棚が並んでいる。壁際に向かって机が置かれていて、その上に、フラスコとかビーカーなどが置かれてある。
 何より目を引くのは、大きなガラスの円柱。柱というより、筒やけどね。人間の大人がひとり、入れそうなぐらいの大きさ。
【ティガー】 それって、ハエと人間が混ざったりする、変な実験に使いそうなやつ? SFで出てくるやつ。
【GM】 そう、そういうやつ。ちなみに、中身はからっぽ。
 あと、部屋の隅にベッドが置かれていて、そこにひとりの人物が横たわっている。
【ティガー】 生きてる?
【GM】 かなり衰弱して、やつれてるけどね。その人物は、紫がかった長い銀髪で、昨日キミたちが戦った青年と、そっくりな容姿をしてます。
【シルヴィア】 「倒したのに〜」って言う。
【GM】 青年は、ひゅーひゅーと笛のような音をさせて息をして、今にも死にそう。
【ティガー】 「何しとん?」って聞く。
「昨日、ドアの前であんたとそくりな奴を倒したんやけど、あれは何?」
【GM】 「兄弟であり、我が子であり、ボク自身でもある」と、かすれた声で答える。
【ティガー】 わかんね〜(笑)。
【メイユール】 「あの筒は何?」
【GM】 「ボクたちにとっての、母親だ」
【ティガー】 じゃあ、そいつ、人造人間? ホムンクルス。
【GM】 「そうさ」
【シルヴィア】 「父親は誰や?」
【GM】 「トニー・ホールゲイト博士。そして、ボクこそが、博士の最高傑作だ。断じて、13号などではない」
【ティガー】 その博士は、今、どこにおるん?
【GM】 もう、死んでるそうです。16年前、エルゴン村の人間に依頼された冒険者が、ここに乗り込んで来て、ホールゲイト博士を殺害して実験装置を壊したらしい。
「ボクは、8号に匿われて逃げのびたが、培養液から出る直前の状態だった13号は、冒険者たちに、連れ去られた」
【シルヴィア】 どこに連れて行かれたんや?
【GM】 「その後、彼女が、どういう人生を送ったのか、ボクは知らない。だが、まさか、13号がまだ生きているとは、思わなかった」

エルフの夢の事

【メイユール】 再会したんや。
【ティガー】 生きてるの? どこで?
【GM】 「オレンブルクだ。ボクが作った、グラランボンバーの罠に、かかっていたがね」
【メイユール】 アホや、13号(笑)。
【シルヴィア】 その13号を、治してやるつもりはないの? 兄弟なんやろ。
【GM】 「なぜ? 生まれる前から、博士をひとりじめしていた13号など、死ねばいい。銀月の歌に狂う前に、縛り首にでもなって」
【ティガー】 は?
【GM】 「彼女は、捕らわれてるんだろう? ボクが殺した、魔術師ギルドの薬学者の、殺人容疑で」
【サテラ】 は??
【ティガー】 ジーネ!?
【GM】 青年はニヤリと笑った。
【シルヴィア】 なんてこったい。
【GM】 「トニー博士の最高傑作は、11号、エルフ。ボクだ。博士の偉業を継いだのも、遺志を継いだのも、ボクだ」
【シルヴィア】 「なんで、ピーター博士を殺したんや?」
【GM】 「トニー博士の遺志を邪魔するような研究を、していたからさ。しかも、グラランボンバーを解除する秘密を、ほぼ、知ってしまったようだったしね」
【サテラ】 グラランボンバーを解除する秘密って、何やろ?
【GM】 「言えないな」
【ティガー】 なんで、『天の鍵』を盗ったん?
【GM】 「キミたちを、月に行かせないためだ。まちがって、月の歌を止められでもしたら、計画が水の泡になるからね」
【シルヴィア】 グラランボンバーを世界にまき散らして、いったい、何をする気なんや。
【GM】 「その結果がどうなるか……を考えれば、おのずと、答えは見えるだろう」
【ティガー】 世界がめちゃくちゃになる。
【シルヴィア】 「何のために、世界をめちゃくちゃにするんや?」と、聞いてみよう。
【GM】 「博士を受け入れなかった世界が、悪い。せめて、放っておいてくれたらいいものを、わざわざ博士を殺した冒険者が悪い」と、11号・エルフは答える。
【メイユール】 それは、博士が怪しげな研究をしてたからやろ。
【GM】 「ボクのような存在が生まれてくることが、そんなに悪いことなのか?」
【シルヴィア】 魔術師の立場からすると、なんとも言えん。というか、ホムンクルスを作る方法を、教えてもらいたかったり(笑)。
【GM】 「どうせ、弱き者の不幸が、強き者の幸福になる歪んだ世界だ……。塵ひとつほどの価値も、ない。
 滅びのきわに、ボクの作った薬が、奢った女神の天秤を、狂わせるんだ。これほど痛快なことが、他にあるかい?」
【メイユール】 「あなた、“魔王の娘”という女の人に、どこかで会いましたか?」(笑)
【GM】 「彼女の支援があったからこそ、ボクは、研究を続けられた」と、11号は言う。
【メイユール】 やっぱり。また、裏で糸を引いてたか。
【GM】 「次に月から滅びの歌が届くとき、力の天秤は、壊れる。そのさまを見れなくとも、ボクは、満足だ……。ボクという固体がここで滅びても、ボクはどこにでも……いる」
【シルヴィア】 まだ、こいつのそっくりさんが残ってる、ってことやな。
【GM】 ──と、ここまで言って、11号は息を引き取った。「ぐふっ」
【ティガー】 死んでもた。
【メイユール】 1月にわたしらが倒したブロブは、こいつが作った奴か。
【シルヴィア】 というか、こいつがホムンクルスを作ろうとして、失敗したのがブロブになったんやろな。
【メイユール】 ジーネって、その兄弟やったんか……。
【GM】 だから、ジーネに殺されたブロブが、ジーネに「お姉ちゃーん」ってテレパシーで叫んでたやろ?
【メイユール】 なるほど(笑)。
【GM】 ジーネの蘇生のとき、ミフォアの神殿長が、「ジーネの魂は自然のものじゃない」って言ってたのは──。
【ティガー】 ──あー。だから、1ゾロで生き返ってしまったと。
【シルヴィア】 たしかに、ホムンクルスなら、自然のものではないな(笑)。
【メイユール】 1ゾロのイレギュラーで、不自然な魂になったんやと思ってた。
【GM】 1ゾロのときに生まれた設定だ、という説もある(笑)。
【ティガー】 ん、ジーネ問題は解決!
【シルヴィア】 まだやろ。
【サテラ】 ジーネの濡れ衣を晴らしてあげないと……。
【メイユール】 借金も返してもらわんとアカンし。
【ティガー】 すっかり忘れとったわ。じゃあ、真犯人を連れて帰ろう。死体でもいいやんな。っていうか、死体って残ってるん?
【GM】 うん、こいつは残ってるよ。
【ティガー】 んじゃ、持って帰る。ドアの前の奴みたいに土になってたら、絶対、信じてもらわれへんとこやった。
【シルヴィア】 それと、『天の鍵』。〈ロケーション〉で感知してるけど、この部屋にあるんかな?
【GM】 あるよ。机の一番下の引き出しから、『天の鍵』の存在を感じる。
【メイユール】 普通に収納してある(笑)。
【シルヴィア】 たぶん、ここに来れないと思ってたんやろな。じゃあ、それを取って、オレンブルクに帰ろう。

 冒険者たちは、いちどエルゴン村に戻って泊まり、4月6日、オレンブルクに帰還した。
 そして、ピーター博士と助手の殺害の真犯人として、ホムンクルス11号・エルフの死体を引き渡した。

【ティガー】 こいつはソーサラーで、ジーネに化けて、ピーター博士を殺してん。こいつが真犯人。……もう、死んじゃったけどね。
【GM】 「……死体を渡されてもな」と、デニス・ハード新隊長は言う。
「これが、何の証拠になるんだ?」
【ティガー】 さあ?
【シルヴィア】 ジーネに謝っとこう。「これが、僕の限界」って(笑)。
【メイユール】 「死力は尽くしたんですが〜」(笑)
【GM】 ジーネは、「謝ってすむかぁー!」と、ガンガン鉄格子を揺さぶってる。
【ティガー】 怒ってる。
【メイユール】 なんで通じないんや。
【シルヴィア】 「これはな、キミの兄弟やで?」って言うて、事情を全部説明する。衛兵や隊長には聞こえないようにね。
【GM】 ジーネは、さすがにショックを受けたのか、言葉を失った。
 ……その一瞬後、「誰がホムンクルスじゃあーッ!!」と、叫びだした。
【シルヴィア】 立ち直りが早いな。沈まへんねんな。
【メイユール】 常に活火山や。何をやっても噴火する。
【GM】 「私は人間なのッ!」
【ティガー】 半分だけな。
【メイユール】 いつの間に、ダダっ子になってしまったんや。
【シルヴィア】 まあ、「人間より人間らしいわ」って、フォローしとくわ。
【GM】 フォローになってんのか、それ?(笑)
 そんなことより、どうやって、11号が真犯人やって証明するの?
【ティガー】 どうしよな? 真犯人って言われても、死んどるし。

 冒険者たちは自費で魔術師を雇い、〈センス・ライ〉で証言に偽りがないことを、何とか証明してみせた。
 デニス・ハード新隊長は、しぶしぶ、ジーネの殺人容疑を撤回した。
 仲間たちの活躍でジーネは死刑を逃れ、問われる罪は衛兵Aに対する傷害だけとなり、3ヶ月の懲役に服するだけで済むことになった。
 冒険者たちは、王国からわずかばかりの褒賞金を受け取った。

【ティガー】 あー、そうや。借りた馬を返してこな。
【サテラ】 忘れてた。
【メイユール】 わたしは自分の馬があるから、返さんでいいも〜ん。
【ティガー】 ぶち馬をレンタル屋さんに返す。ぶち馬に「ばいばーい」って、手を振る。
【シルヴィア】 僕はその後、魔術師ギルドに、ことの顛末を説明しに行くよ。

 冒険者たちは、『青い波の美し亭』でゆっくり休み、旅の疲れを癒した。

【GM】 それじゃ、翌4月7日の朝を迎えたよ。今日は、どうするのかな?
【サテラ】 わたしは調べ物をしに、魔術師ギルドへ行こうかな。
【GM】 何を調べるん?
【サテラ】 『天の鍵』のこととか。
【シルヴィア】 僕も、月の塔にまつわる伝承なんかを、前よりももっと時間をかけて、詳しく調べてみるよ。
【ティガー】 俺は勘違いして、月に行くおとぎ話を読んでる。『かぐや姫』とか。すぐに飽きて、ファンリーのとこに行くけど。
【メイユール】 わたしは、宿屋で爆睡してる。
【GM】 じゃあ、サテラ、シルヴィア、ティガーの3人は、魔術師ギルドの図書館へやって来た。
 それぞれが調べたものをまとめると、こういうことがわかった。

古き言い伝えの事


 レムリア世界の月は1つだけで、球体である。普通は、常に地上に対して表側を見せているが、10ヶ月にいちど、裏側を見せる。
 かつての魔法帝国時代、月の表側と裏側の中心にひとつずつ、塔が建設された。
 それは、宇宙空間(星界)から『エーテル』を集め、魔法の源となる魔力に変換して、地上のあちこちに設置された、受信の塔に照射する装置だった。
 受信の塔から、近辺地域の端末に魔力が供給される。

 エーテルとは、宇宙空間(星界)に漂うエネルギー体である。賢者たちは、それは生き物の魂であると考えている。
 とくに神に見込まれた者でなければ、通常、死んで肉体から離れた魂は、精霊界と物質界の狭間の世界に行くと、賢者たちは考えている。
 そこは生き物の魂だけではなく、精霊界を離れた精霊たちもいるとされている。
 魂の世界はひどく不安定で、やがて、そこに存在する魂や精霊は、元の形を失い、溶け合い混ざり合って、ひとつの大きなエネルギー体になる。
 そのエネルギー体が物質界に出てきたものが、『エーテル』だとされている。
 霊食(たまぐ)いネズミの好物である“(たま)()”は、魂が形を失ったときに消える。そうなった魂は、蘇生の奇跡をもってしても、もはや元の形で物質界に戻ることはできない。
 エーテルは、雲のように宇宙を漂い、やがて雨のように地上に降る。そのとき、新しい肉体に宿り、新たな生命となると考えられている。
 エーテルは普通、目に見えるものではないが、あたりが暗くなったとき、光って見えるという。つまり、夜空の星は、エーテルが光っているもので、流星は、地上のどこかに宿る新たな魂の誕生の印だというのだ。
 また、このエーテルこそが、創造神ユピノスが世界を創るときに用いた『混沌』だ、と考える賢者もいる。
 ちなみに「エーテル=魂」という考え方は、知識神リンツを除く宗派の神官たちには、あまり受け入れられていない。

 月の裏の塔は、宇宙空間からエーテルを吸収して集める。
 集められたエーテルは、月の中心を貫くパイプを通りながら魔力に変換され、表の塔から、地上に向けて照射される。
 塔を発案し、建設したのは、マティアス・メンデンという賢者だった。
 彼の設計は見事なものだったが、当時の高度な魔法技術を持ってしても、エーテルを魔力に変換する装置に、人の手では実現不可能な部分があった。
 彼は妻を生贄にして悪魔を呼び出した。この悪魔は、裏混沌の住人であるいわゆるデーモンではなく、暗黒神クートラの大使徒(天使のようなもの)であったといわれる。
 マティアスには、8人の子供がいた。末の娘の名は、ポーラ。彼女の奏でる竪琴の音色は、狂えるオーガーをも鎮めたという。
 彼女には、ケルヴィンという恋人がいた。ケルヴィンは、横笛の名手だった。
 マティアスに召喚された悪魔は、マティアスに、8人の子供を表と裏の塔に4人ずつ、人柱として捧げるように指示した。
 マティアスはそれに従い、月の塔は完成した。
 ポーラは、裏の塔の生贄にされた。塔の奥深くに安置された彼女の竪琴は、今も、地上に引き裂かれた恋人を思い、悲しみの曲を奏でつづけているという。

 月からの魔力の供給を受けて、魔法帝国はいよいよ隆盛期を迎えた。
 膨大な魔力を消費する魔法が発展し、これまで実現不可能だったようなことも、次々と現実のものになってゆく。
 そして時は流れ、妖魔の星から時空の門を通って現れた妖魔たちと、最初の大きな戦争が起こった。
 現在よりもはるかに優れた魔法技術を持つ古代人たちだったが、妖魔たちもまた、強力だった。古代人が召喚し、使役したデーモン(裏混沌の住人)も、その頃の妖魔たちの前では、大した戦力にならなかった。
 とくに、魔物たちを率いる妖魔の王は、古代人をして“魔王”と称されるほど、恐ろしい存在だった。
 古代人たちは、膠着した戦局を打破し、“魔王”はじめ妖魔軍を一掃する手段として、強力な破壊魔法を生み出した。世界を破滅させるほどの力をもったその魔法は、破壊の神の名をとって、〈ザンナール〉と名づけられた。
 〈ザンナール〉は、それまでのどの魔法よりも魔力の消費が激しいので、月の塔からの魔力の供給を、一点に集中させた。狙いは〈ザンナール〉発動の中心地。妖魔軍が拠点としていた地域である。
 魔法の影響で、“魔王”ともども大地は消し飛び、現在、その地は北の大陸とレムリア大陸を隔てる円形の海になっている。
 妖魔の軍勢を壊滅させた後、発動された〈ザンナール〉を、誰も止めることができなかった。〈ザンナール〉は、あたりに異常な魔力をまき散らしながら、しだいに肥大してゆく。
 このままでは大陸すべてが消滅すると考えた魔法帝国は、〈ザンナール〉を止めるため、月の塔の活動の休止を決定した。
 魔力の供給が絶たれた〈ザンナール〉が消滅した後、塔の活動を再開させる予定だった。そうでなければ、豊富な魔力に支えられていた帝国の文明は、衰退してしまうから。
 しかし、地上からの通信に、月の塔は応じなかった。
 異変を察し、調査団を月に送り込むことになったが、月の塔と地上を結ぶ転移のゲートが、月の側が壊されていたため、使用できなくなっていた。
 月の塔に行ったことがある者が、〈テレポート〉で赴いたりもしたが、その者たちは、それきり帰ってこなかった。

 シフィルという名の若者がいた。
 彼の出生について、詳しいことはわからない。歴史の表舞台に現れたとき、彼は20歳を過ぎていた。
 彼は魔法が使えない人間、剣の民(蛮族)の者だったが、魔法ではない、『裏混沌』という不思議な力を使う男であったらしい。黄金の龍と人間の子だとも伝えられている。
 シフィルは、魔法の民(帝国の人間)が生み出した〈ザンナール〉が、今や世界を破滅させんとするのを知り、暴走する魔法を止めようと立ち上がった。
 若者は、すでに老齢となっていた横笛の名手、ケルヴィンと出会った。人知れぬ辺境の地で、老人は、病に冒されていた。
 ケルヴィンは、ポーラのもとへ行くために、月へ行く船を建造していた。帝国から特に許可を得たものでなければ、転移のゲートを使って月の行くことはできなかったから。
 ポーラの兄や姉の妻や夫たちが協力者だった。彼らも高齢となっていたが、偉大な賢者だった。
 月へ行く船は、1隻が建造中で、1隻が完成していた。
 シフィルは試作1号を託され、見事、月へ昇った。そして、月の表の塔に乗り込んだ。
 月の表の塔は、あふれ出た魔力の影響で魔物と化した者たちの巣窟だった。剣の民は、魔法の民ほど魔力に敏感ではなかったが、シフィルに優れた力がなかったら、彼も塔の魔物の仲間入りをしていたかも知れない。
 そしてシフィルは、月の表の塔を破壊した。
 月へ行く船1号は、片道のみで月を飛び立つ能力はない。
 しかし、ポーラの義兄から、緊急時の脱出装置を起動させるコード、『太陽・木・月・水』を教えられていたシフィルは、無事に地上に帰還した。

 シフィルが帰還し、〈ザンナール〉が消滅し、世界にひとときの平穏が訪れ、魔法帝国に崩壊のときが近づく中、誰にも知られることなく、月へ行く船2号の建造は進められた。
 高齢の賢者たちは次々とこの世を去り、ケルヴィンもまた、月へ行く船2号の完成を見ることなく、この世を去った。愛用の金の横笛を、ポーラが眠る月の裏の塔の近くに安置してくれるよう、シフィルに託して。
 やがて、月へ行く船2号は完成した。しかし、ケルヴィンとシフィルの約束は、果たされなかった。
 シフィルは、現れたときと同じく、唐突に歴史から姿を消してしまったのだ。
 最後にひとり残ったポーラの義姉は、船を悪用されぬよう砂漠に隠した。いつか、ケルヴィンの願いを叶えてくれる者が現れることを信じて。
 船を動かす鍵は各地に隠蔽され、そこには、乗り越えなければならない試練も用意されている。
 それを乗り越え、認められた者は、船が眠る砂漠の塔に至る。そこには、月へ行く船2号と、ケルヴィンの笛を月に届けた者への褒美となる、莫大な財産が用意されているという。

【GM】 ──で、ティガーは、シフィルの物語だけを読んで、さっさとファンリーのところに行ってしまうんやね?
【ティガー】 そうそう。「おとぎ話、一緒に読もうぜ〜」って。
【GM】 ところが、ミフォア大神殿に来てみると、ファンリーは不在だった。というか、3月29日に出かけてから帰ってないらしく、イリア・ザーマス上助祭は、オロオロしている。
【ティガー】 なにぃ?
【GM】 なんでも、元衛兵隊長と、ロートシルトと、前髪王子が、「ちょっと冒険の依頼を受けたんだけど、一緒に来てくれないか?」と誘い出したらしい。
【ティガー】 すごいパーティや(笑)。
【メイユール】 よく誘いに乗ったな(笑)。
【ティガー】 「いつ帰ってくるって言ってた?」って、聞いてみる。
【GM】 「前髪の長い男は、2日もかからないと言ってたザマス……」
【ティガー】 「どこに行くって言ってた?」
【GM】 オレンブルクの街の南区の下水道で、地下に続く亀裂が見つかったらしい。オレンブルクは、古代の街の遺跡の上に築かれた街だから、たまにそうやって地下の遺跡に続くところが見つかるんやね。
【ティガー】 そこの探索に行ったんやな。
【GM】 そう。正確に言うと、遺跡の探索ではなくて、先にそこに潜って帰って来なかった、別の冒険者の捜索らしい。
 前髪たちは、傷を癒せる司祭がいたほうがいい、と考えて、ファンリーを誘ってきたんやね。ファンリーは、そこそこレベルが高いから。
【メイユール】 ロートシルトや前髪たちより、強いんちゃうん。
【GM】 あ、そうか。プリースト技能が5レベルあるから、彼らの中では最強。
【シルヴィア】 で、捜索に行ったまま帰って来ない、と。
【ティガー】 ああ〜。ミイラ取りがミイラになってる予感〜。
【メイユール】 ギャグで帰ってくることを祈ろう。
【シルヴィア】 でも、すでに1週間も行方不明になってるんやでな。2日もかからないつもりやったんなら、保存食もそんなに持ってないやろし。
【ティガー】 南区って、魔術師ギルドのあるとこやんな。じゃあ、途中で宿屋に寄ってメイユールを連れだして、ギルドの図書館のサテラとシルビーに言いに行く。
【GM】 では、その続きは後ほど。

÷÷ つづく ÷÷
©2006 Hiroyoshi Ryujin
Illustration ©2006 Jun Hayashida
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