≪REV / EXIT / FWD≫

§短編§

SNOW WHITE?

著:真柴 悠

 むか〜しむかしの、ある所。大きな国をおさめる王様の、立派なお城が建っていました。
 王様には美しい妻がいましたが、数年前に幼い姫を残して他界し、程なくして新しいお妃様が、この国に迎え入れられました。
 新しいお妃様の名前はメイユール。若くてとても美しい貴婦人でしたが、少々性格に難がありました。
 お妃様は、宮廷魔術師シルヴィアが趣味で拾ってきた“魔法の鏡”を毎日のぞいては、同じ質問を繰り返します。
「鏡よ鏡、この国で一番美しいのはだぁれ?」
 鏡は答えます。
『それはお妃様です』
 鏡の返事に満足したお妃様は高笑い。
「ほ〜っほっほっほ! そう、この国で一番美しいのは私! 全てが私の美しさの前にひれ伏すのよ!」
 こうして悦に入るのが、お妃様の日課でした。

◇◆◇

 ある日のことです。
「鏡よ鏡、この国で一番美しいのはだぁれ?」
 お妃様は、いつものように鏡に問いかけました。しかし、鏡の言葉は、いつもとは違っていました。
『それは、先の王妃の一人娘、ファンリー様です』
「そうよ、この国で一番美しいのは……な、何ですって!?」
『お妃様は二番目』
 お妃様の顔が、怒りに歪みました。
「ちょっと、シルヴィア!」
 お妃様の怒号に呼ばれた宮廷魔術師が、鏡の間に姿を現します。
「どうかなさいましたか?」
「この鏡、私よりファンリーの方が美人って言ったのよ!」
「ならば、それが真実なんでしょう」
 お妃様のヒステリーに慣れっこの宮廷魔術師は、まったく顔色を変えずに答えます。
「悔しい! 許せない! あんた、魔術師なんだから何とかしてよ!」
「ご自身を磨かれようとは思わないのですか?」
「それが面倒だから、あんたに頼んでるんじゃない! そうだわ、あの小娘を、この国から追放するのよ! そうすれば私が一番になれるわ!」
 甲高い高笑いを残して、お妃様は鏡の間を後にしました。
「まったく、妃殿下の癇癪にも困ったものだ」
 癇癪というか何というか、一応国家レベルのもめごとだと思うのですが、あんなお妃様に仕えているだけあって、この宮廷魔術師もなかなかに厚顔なようです。
「まあ、命令は命令。来月ボーナス出るし、あえて逆らう理由もない」
 さっそく、無理なく無駄なく自分に害が及ばないように、お妃様の命令を実行できる手段を練り始めました。

◇◆◇

 一方その頃、先の王妃の忘れ形見であるファンリー姫は、悠長にもペットであるニワトリのつがいを連れて、近くの森へ散歩に出かけていました。
 当直の番兵は、王様が声をかけて、一緒に遊廓へ行ってしまっていたようです。
 ちなみに、王様の名前はロートシルト。そこで「この国ダメだな」と思ったアナタ。大丈夫、彼らもちゃんと国を運営しています。作者が言うんだから、少なくともこの世界では大丈夫なのです。
 ここだけの話、ファンリーは前の王妃の連れ子です。王様の血縁ではありません。安心した?
 それでは、王様の様子も見てみましょうか。
「ほーれほれ、知らん仲でもあるまいに」
「あ〜れ〜」
 白昼道々、へべれけ口調で遊女の腰帯をくるくる〜とやっているのは、この国の王様。
「苦しゅうない、皆も飲めッ」
 などとやっていますと、王様の携帯電話が派手な着信音を響かせました。
「誰だっ、俺は公務で忙しい!」
『なにが公務よ! さっさと帰ってこないと承知しないわよ!』
「ごっ、ごめんよメイユール! 愛してるのは君だけだ! 今すぐ帰るからねぇ」
 電話越しの金切り声に、一瞬にして酔いが覚めてしまった王様は、名残惜しげに遊女に愛想を振りまきつつも、律儀に帰路を急ぐのでした。

◇◆◇

 さてさて、そんな感じで簡単にお城を抜けだせてしまったファンリー姫は、森の美しい景色に誘われて、ついつい森の奥深くへと足を運んでしまいました。
 やがて、軽かった足取りも、止まってしまいました。
 どうやら来た道が分からなくなってしまったようです。
 散歩に連れて来た、目つきの悪いオンドリも、不安そうに「こけぇ」と首をかしげています。
「どうしよう……」
 途方に暮れるファンリー姫のドレスの裾を、首にリボンを巻いたメンドリが引っ張りました。
 ニワトリが指し示す先には、丸太を組んだ質素な小屋が建っています。
「そうね。帰り道を教えてもらいましょう」
 さっそく玄関の扉をノックしてみましたが、なんの反応もありません。
 しかし鍵はかかっていないようなので、仕方なく、中で待たせてもらうことにしました。
 せまい小屋には不似合いな、巨大なベッドが七つ。台所に置かれた鍋も、風呂がわりになりそうな巨大っぷりです。
「いったい、どんな人が住んでいるのかしら……」
 ちょっと不安になりつつも、張り詰めていた緊張が解けたファンリー姫は、巨大なベッドを一つ借りて、眠ることにしました。

 ハイホー ハイホー しごとがすきー♪

 野太い歌声を張り上げながら、次々と小屋に侵入を果たす大男たち。
 向かって右から、人情味あふれる「いのしし」、隻眼の「まさむね」、男前の「アンディ」、気は優しくて力持ち「くまさん」、小柄で読書好きの「ちび」、大男たちの中で最年少の「わかさま」、そして7人のリーダー格である「ヒゲ」という、世にも厳めしい一団。
「む、なにやら見目麗しい少女が我が寝間を使っているぞ!」
 「まさむね」が、驚きの声を上げます。
 野太い声に目を覚ましたのは、ニワトリたち。
「おおっ、ニワトリが目を覚ました!」
「しかし、すごい目つきだな……」
 興味津々でニワトリを見守る七人の大男たち。
 ニワトリは、これまでの経緯を必死に訴えます。
「こけっ! こけぇー!」
「妙に騒がしいニワトリだな」
「発情期じゃないか?」
 これで一挙に難問解決☆ といわんばかりに、大男たちの、ニワトリへの好奇心は薄れてしまいました。
 そうこうしていると、やがてファンリー姫も目を覚ましました。
 朝起きて、知らない男が隣にいる。なんと恐ろしい目覚めでしょう。
 しかし、もともと奇特な家庭に育って順応力も並ではないファンリー姫は、怯むことなく大男たちに向き直りました。
「突然、お邪魔して申し訳ありません。実は道に迷ってしまって……」
「それならば、我々が森の外までご案内致しましょう」
「ありがとうございます」
 そんな小屋の様子を、庭の木の枝から事の次第を見守っていたフクロウの目が、妖しく光ります。
「それは困るな」
 一晩中、森の中に潜んでいた魔術師が、小屋の前に移動したところで、玄関が勢いよく開きました。
「何奴!」
 「ヒゲ」が素早く剣を構えます。
 しかし、魔術師は鷹揚な態度を保ったまま、ファンリー姫の前で片膝を突きました。
「都で、若い娘の頭を潰す鉄球魔人の出現が確認されたらしく、貴女を都に返すなとのご命令です」
「そんな……」
 宮廷魔術師の言葉を真に受けたファンリー姫は、恐怖のあまり立ちすくんでしまいました。
 鉄球を振り回して人間の頭を潰す魔人の話は、幼い頃から聞かされて育ったからです。
「それは危険だ。我々が娘さんを引き受けましょう」
 ファンリー姫の怯えっぷりに、「ヒゲ」も剣をおさめました。
「助かります」
 超営業スマイルの宮廷魔術師が立ち去った後、タダで居候はできないと言い張るファンリー姫に、大男たちは留守の間の家事を任せることにしました。 
 大男たちの為に料理を作るのも洗濯をするのも、それは大変な重労働でしたが、もともと近所の修道院で幼少期を過ごしたファンリー姫は、黙々とノルマをこなしていきました。

◇◆◇

 宮廷魔術師の帰りを、今か今かと待ちわびていたお妃様は、報告を聞いて、さっそく鏡の前に立ちました。
「鏡よ鏡、この国で一番美しいのはだぁれ?」
『はい、それは国境付近で鉄球魔人に怯えつつ、7人の大男と同棲しているファンリー姫です』
「ちっ、あの子も意外と粘るわね。……シルヴィア!」
「何ですか?」
「面倒だわ。あの子を殺して」
「それは、幾らなんでも酷すぎますよ」
 お妃様の、あらかたの言動を予測していた魔術師は、やはりといった面持ちで溜め息をつきました。
「私がいいって言ってるんだから、いいの!」
「呪われても知りませんよ?」
「死人の呪いでくたばるほど神経ヤワじゃないわよ! いーから殺ってきて!」
 こうなると、ただのダダっ子です。まともに相手にするだけムダだと悟った魔術師は、さっさとその場を後にしました。
「ファンリー姫を殺さず、任務を成功させてボーナスを手にする方法は……」
 もちろん、この辺りに抜かりはない宮廷魔術師なのでした。

◇◆◇

 ある日のこと、洗濯を干していたファンリー姫は、道を歩くお婆さんに声をかけられました。
「こんな森の奥で文句も言わずに働くなんて、気前のいい娘さんだね」
 久しぶりに大男たち以外と話せると思ったファンリー姫は、ついお婆さんと話し込んでしまいました。
「お婆さんは、こんな所になんの用ですか?」
「私はリンゴを売って歩いているんだがね。このあたりの景色が好きで、よく見に来るのさ」
 怪しいことこの上ない婆さんですが、宮廷魔術師じきじきに化けた姿である為、安心してしまったファンリー姫は、その怪しさに気づけませんでした。
「あんたは、いい娘さんじゃ。お代はいいから、一つお食べ」
 お婆さんが、片手に持った籠から差し出したのは、血のように赤いリンゴでした。
 ちょうど小腹がすいていたファンリー姫は、疑う事なく、リンゴを受け取りました。
 リンゴを一口かじったファンリー姫は……(生命力抵抗に失敗)
 意識を失い、その場にドサリとくずおれてしまいました。
 ことの次第を眺めていたニワトリたちが騒ぎたてましたが、お婆さんは、そこに一発眠りの雲を発生させて、事なきを得ました。
「やれやれ。悪く思わないで下さいね」
 フクロウを連れた魔術師は、そのまま森を後にしました。

 それから小一時間ほどたって、大男たちが近所の下水道工事から戻ってきました。
「しかし、なぜ我々が土木作業に精を出さねばならんのだ」
「これも、お家再興の為。我らの明日と、我らが王子の為に、今は耐えましょう」
 土埃にまみれた作業着からスウェットに着替えた大男たちは、そこでやっとファンリー姫がいないことに気付きました。
「裏庭だ! 裏庭に倒れている!」
「ニワトリもいるぞ!」
 ニワトリは騒ぎで目を覚ましましたが、ファンリー姫は死んだように眠ったままです。
 最初は、貧血で倒れたとか立ち寝をしちゃったとか、色々モメていましたが、一日たっても三日たっても目を覚まさないので、いよいよ大男たちも不安になりました。

 そんなある日、この森にやって来る人影がありました。
「あーッ、ニワトリや!」
 ツノの生えたオンドリを追い回しているのは、黒髪の精悍な若者です。
「こらー! 人ん家の家畜に何するか!」
 庭でゴルフのスイングを練習していた「ひげ」が、若者に向かって一喝しました。
「わー! すんません!」
「お……王子!?」
 「ひげ」が、スイングのポーズで固まったまま呟きました。
「へ?」
「レギト王子ではありませんか!」
「レギト王子だとッ!?」
 小屋の中から、わらわらと大男たちが出てきます。
「この日をどれだけ待ちわびたことか……」
 大男が、若者に縋って漢泣きを始めます。はっきり言って、いい迷惑です。
 要約すれば、幼くして国を失った王子様(放浪中)と、いつか国を復興させんと誓った騎士たちの、感動の再会です。
「そういう訳で、我々もお供させて下さい」
「うん、いいよ」
 喜ぶ大男たちの中で、冷静な「アンディ」が、いまだ深い眠りの中にいるファンリー姫を振り返りました。
「リーダー、彼女はどうしますか?」
 大男たちの視線につられるように、若者も巨大なベッドで眠る娘に目をやります。
 それはもう、若者の超好みの美少女が、そこに慎ましく横たわっているではありませんか。
 大男たちは、若者に、娘の事情を打ち明けました。
「……分かった。俺が何とかする」

◇◆◇

 さてさて、お城では、お妃様が鏡の前に立っています。
「鏡よ鏡、この国……いいえ、世界で一番美しいのはだーれ?」
『はい、それは北の森におられるファンリー姫です』
「シルヴィアー!」
「やれやれ。いつかはバレると思っていましたが」
「私は殺せって言ったのよ! 役に立たないわねぇ……いいわ、私が直接出向いて、きっちり仕留めてきます」
 お妃様が手にしているのは、お世辞にも美しいとはいえない棍棒です。
「お妃様、差し出がましいようですが、鈍器で殺すのはちょっと酷なのでは?」
「私は金属アレルギーなのよ。放っておいてちょうだい」

 宮廷魔術師を連れたお妃様が、大男たちの小屋にたどり着きました。
「ちょっと、そこのあんた、ファンリーはどこ?」
 ニワトリに餌を与えていた黒髪の若者に、高圧的に詰め寄ります。
「……は?」
「あんた誰? ウチの娘に何の用?」
「あの、お母さん……ですか?」
「ファンリーは、ダンナの前妻の娘よ」
「あー、それはよかった」
「なにソレ! どーゆう意味!?」
「あ、そうや! お嬢さんを、俺にください!」
 若者の唐突な土下座に、お妃様の思考はストップしてしまいました。
 この男が、娘を嫁に。娘を嫁に……
「……その子は眠ったまま、起きてこないのよ? 気味悪くないの?」
「それがどうしたっていうんだッ! 俺は、この娘が、ファンリーが……」
 また叱責が飛ぶのかと思って、宮廷魔術師シルヴィアは溜め息をつきましたが、お妃様の金切り声は聞こえません。
 暫しの沈黙。
「……いい話だわ」
 お妃様は、シルヴィアのローブの端で、涙と鼻水を拭いています。
「な、何してるんスか!」
「シルヴィアー、今のシーン、ちゃんと録画できてる?」
「もちろん。あのフクロウが余す所なく録っています」
 シルヴィアの指す先、樫の木の枝には、フクロウがとまってティガーたちの様子を凝視しています。
「げっ、んなモン録るなー!」
 若者のツッコミに答える声はありません。
「ファンリーが目覚めた暁には、うちのダンナの玉座を譲ったげる」
「妃殿下、そんな簡単に……」
「いいじゃない。私も、こういうどっかのリプレイみたいなドラマティカルな恋愛をしてみたかったわー」
 妄想モードのお妃様は、魔王でも邪神でも止められません。シルヴィアは早々に諦め、王子の国とやらと合併した後の自分の処遇について思考を巡らせ始めました。
「さあ、その娘の目を覚ますのよッ!」
 女王様が、眠るファンリーを、びしっと指差します。
「へ? でも、どうやって?」
「わかんない子ねぇ。キスよ、キス」
「ええーっ!」
「なによ。不満なら、あんなことやこんなことも……」
「そ、それはちょっと……」
「じゃあ、さっさとやっちゃいなさいってば」
 大勢の見守る前でというのは、さすがに気が引けます。
「王子! そこはもうちょっと、こう……」
「そのアングルじゃ収まらないわよ!」
「うるせー!」
 若者が拳を振り上げたとたん、その腕に抱かれていたファンリー姫の口から、リンゴの欠片がこぼれ落ちました。
 ファンリー姫の大きな瞳が、白日のもとに開かれます。
「あぁー! ちょっとティガー、何やってんのよ! 今のリテイク!」
「王子! それは男として、ちょっと情けないですぞ!」
「知るかー!」
 ファンリー姫は、自分を抱きかかえてギャラリーに叫ぶ若者を見て、ポッと頬を染めました。
「あ、あの……」
「俺と結婚して下さい!」
「あ、はい」
 こうして異国の王子とファンリー姫は結ばれ、二つの国を統治する王様とお妃様として、末永く幸せに暮らしたのでした。
 めでたしめでたし。

÷÷ おわり ÷÷
©2004 Haruka Mashiba
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ひと言ありましたら
 
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